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皐月№6

 

今年のゴールデンウイークは3年ぶりに規制も解かれ、久方ぶりにご旅行を楽しまれた方も多いのではないでしょうか。そして今日は、『旅の日』だそうです。

記念日として制定したのは、1988年(昭和63年)に、日本旅のペンクラブが制定した記念日です。なぜこの日かと言えば、江戸時代の俳人である『松尾芭蕉』が『奥の細道』の旅に出発した日が、旧暦の1689年(元禄2年)3月27日、新暦では1689年5月16日だった事に因んでいるそうです。

 

松尾芭蕉は、江戸時代の中期に、現在の三重県、当時は伊賀の国に、農民の身分であった両親の元で生まれました。幼名を金作と称しました。

平家の末流という血筋で、身分にかかわらず帯刀が許された程恵まれた松尾家に生まれましたが、13歳の時に父親が亡くなり家計が苦しくなった為、伊賀の侍大将の元で料理人として仕える事になったようです。

この頃の、経験が、後の俳人としての『松尾芭蕉』の基礎となった様です。

 

代表作の『夏草や兵どもがゆめのあと』、『閑さや岩にしみ入る蝉の声』、『五月雨をあつめて早し最上川』、荒海や佐渡によこたふ天河』、等々は『奥の細道』の旅によって詠まれていますね。

 

『奥の細道』より先んじて、『野ざらし紀行』にも出掛けて居りますが、その際にはかの有名な『古池や蛙飛びこむ水の音』を詠んでいます。和歌や連歌の世界では「鳴く」ところに注意が及ぶ蛙の「飛ぶ」点に着目して、それを「動き」ではなく「静寂」を引き立てる為に用いる詩情性は過去にない画期的なものだったそうで、芭蕉風(焦風)俳諧を象徴する作品となりました。

又、事実上最後の俳諧となった句が『旅に病んで夢は枯野をかけ廻る』とされています。俳句を詠まない方でも馴染みやすい歌が多いのではないでしょうか。また、一説には松尾芭蕉は忍者であったと言う説も!その理由が、出身地が伊賀の国であることに加え、2400㎞を約5ヶ月で歩いたというスピード!数々の旅が、隠密行動だったのでは?と言われて居ります。謎ですね。

 

高田司法書士事務所

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